
Introduction
多賀城セントラルパークについて
2026年3月、宮城県多賀城市に開園した都市型スポーツ公園。宮城県初となるPark-PFI方式を活用し、株式会社ミヤックスを代表法人とする共同事業体「TJP」が整備・運営を担う。 屋外約3,600㎡・屋内約900㎡の国内最大級のスケートパークを中心に、3×3バスケットボールコート、遊具エリア、カフェなどを併設。アーバンスポーツを核に、世代を超えた交流と地域の賑わい創出を目指す。



feature article
お施主様の声
地域の新たな賑わいを生む都市型スポーツ拠点
2026年3月に開園した多賀城セントラルパークは、開園から公園全体の来場者数、スケートパークの会員登録者数ともに想定を上回る賑わいを見せています。
1300年の歴史を持つ多賀城跡に隣接して誕生したこの施設は、多様なスポーツを通じ、国内外に広がる国内最大級のスケートパークです。
歴史ある街にアーバンスポーツという新たな文化を取り入れ、子どもから高齢者まで幅広い世代が集う場所として、新たな賑わいが生まれています。
整備費は約9億円。施設内カフェの収益の一部を公園整備に還元するなど、民間の力を生かした持続可能な公園運営にも挑戦しています。
パークの計画について、事業を手がけた株式会社ミヤックス 社長室マネージャー 星川智洋様にお話を伺いました。

歴史ある街に新たな価値を
多賀城中央公園の再整備が動き出した背景には、多賀城市の「人が集まる場所をつくりたい」という想いがありました。これまで様々な活性化策が検討される中、新たな可能性として浮上したのがスケートボードです。
近年、オリンピックでの日本選手の活躍をきっかけに注目が高まり、宮城県出身の赤間凛音選手の存在も追い風となりました。
事業を担った株式会社ミヤックスは、行政や地元スケーター、専門家らと対話を重ねながら計画を推進。星川様は、「歴史的にも意味のある土地に新しい価値を生み出すことは大きな挑戦でした」と振り返ります。
こうして、史跡の保護と活用を両立しながら、世代を超えて人が集う新たな交流拠点づくりが進められました。

利用者の声を形にした施設づくり
屋内スケートパーク棟の建設を担当したのは、地域密着で多くの建築実績を持つ株式会社鈴木工務店です。
建物づくりについては、同社取締役の佐藤様を信頼して任せたという星川様。2か月にも及ぶ期間、佐藤様と頻繁に打ち合わせを重ねながら、施設づくりを進めました。
建物には、鈴木工務店がこれまでの実績を踏まえて推薦した「yess建築」を採用。工期の短さや大空間を実現できること、豊富な実績、設計のスピードが決め手となりました。
施設計画では、利用者目線を重視した設計を徹底。計画段階から現場での試走や意見交換を重ね、セクションの高さや配置など細部まで調整し、利用者とつくり手が対話を重ねながら形にしていきました。

写真左:株式会社鈴木工務店 取締役 佐藤 勝 様
開放感あふれる、屋内外のスケート空間
こうして完成した施設内には、無柱空間を活かした約900㎡の大空間に、多彩なセクションが配置されました。冷暖房設備も備え、天候に左右されることなく、開放感のある環境でスケートボードを楽しむことができます。
さらに建物入口側には150㎡を超える屋上デッキを整備し、少し高い位置からスケートパーク全体を見渡せるほか、すぐ近くに位置する多賀城南門の美しい景観も楽しめます。
地元スケーターやパークビルダーなど、多くの人の意見が集約された、初心者から上級者まで楽しめるパークとなりました。

屋内スケートパーク棟の屋上デッキ
世代を超えて人が集う場所へ
取材当日、パーク内では大人だけでなく、幼い子どもも真剣な表情でスケートボードの練習に打ち込んでいました。一方、カフェでは赤ちゃんを連れたファミリーがゆったりとくつろぎ、高齢者が公園のベンチで談笑する姿も。
老若男女すべての人の居場所につながっている様子がうかがえました。星川様は「子どもから高齢者まで、世代を超えて人が集まる場所になってほしい」と話します。その想いはすでに形になり始めていました。
多賀城セントラルパークは、地域に新たな交流と文化を育む拠点として、これからも多くの人が集い、つながる場所になっていきます。

編集後記
取材当日、この施設ができたことをきっかけにスケートボードを始めたという小学2年生の女の子に出会いました。 夢中になって練習する姿を見ていると、ここから未来のメダリストが誕生するかもと期待が膨らみます。立場や世代を超えた対話から生まれたこの場所は、その場にいるだけでわくわくさせてくれる新しい空気に包まれていました。