システム建築ガイド
工場建築、倉庫建築をはじめ、店舗・スポーツ施設などのシステム建築実例や、専門家による最新情報など、役立つ情報をお届けしています。






※2021年度から2025年度まで5年連続システム建築売上No.1 (メーカー機能(建物費+施工費)内のうち)
※システム建築とは、鋼構造を中心とする非住宅建築について、部材の規格化・標準化と、設計・製作・施工のプロセスをシステム化した建築方式を指す
(株)マーケティングアンドアソシェイツ調べ(2026年4月)
工場・倉庫・店舗などの建築に於いて、構成する部材(鉄骨・屋根・外壁など)を標準化し、設計から生産までをシステム化する工法です。部材の最適化により「低コスト」「短工期」「高品質」を実現できます。
yess(イエス)建築は、「Yokogawa Engineered Structure System」の略で、横河独自の鋼構造技術を生かした自由度高く大空間を実現するシステム建築ブランドです。
以下ではyess建築による建設の課題解決や製品の特徴についてご紹介します。


専用工場で生産する鉄骨フレームは在来工法と比べて20~30%の軽量化を実現。部材点数の少ない仕様かつ個別物件毎に応じた最適断面の設計によって鉄骨ボリュームを抑えます。

鉄骨や外装材は、部材点数を最小限に抑えることで短納期を実現しています。
ストックした材料を用いて工場生産することで、工期・コストメリットが生まれます。

屋根断熱の最大の特徴はシングル屋根で高断熱なグラスウール施工ができること。
在来建築で屋根断熱にグラスウールを使用する際は屋根パネルを2枚重ねて、その間に敷設します。yess建築なら屋根パネルと母屋材の間に直接敷設出来るので屋根パネルの数量が半分となり、鋼材数量の削減だけでなく施工工期を抑えられます。屋根面積に比例しますので効率の良さが判ります。
・ガルバリウム鋼板を自社工場にて成型したパネルを使用し、低価格ながら意匠性の良い外壁材です。
・プラスターボード12.5mmを2枚取り付けることで、防火構造にも対応しています。
・働き幅900mmのパネルで縦張り仕様になります。
・表皮材にカラーガルバリウム鋼板を使用したサンドイッチパネルです。
・意匠性・断熱性能にすぐれ、プラスターボード12.5mmを1枚取り付けることで、防火構造にも対応しています。
・働き幅600/900mmのパネルで縦張り・横張り両方に対応します。
・表皮材にカラーガルバリウム鋼板を使用したサンドイッチパネルです。
・意匠性・断熱性能にすぐれ、30分耐火・1時間耐火の耐火建築物に適用します。
・働き幅600mmのパネルで縦張り・横張り両方に対応します。

主構造の柱間隔を広く設定できるという事は室内の間仕切りも自由に設定できるということ。
特大のシャッター開口やショーウィンドウも自在に。
このすっきりとした見た目の鉄骨フレームシステムが「肝」なのです。
自由度の高い建物が建設できるのも、それを支える設計・生産するシステムがあるからこそ。
yess建築は、設計システムや生産システムも横河独自に開発するソフトウェア群で対応。ソフトウェアのシステム構築力も違いがある「システム建築」です。

yess建築は製品説明用のホームページのほかに、yess建築ビルダーをご紹介する専用ホームページ「yessビルダーズネット」がございます。専用ページでは各ビルダーの会社概要・実績ご紹介、参考価格、製品ガイド、建設イメージのカラーシミュレーションなどがご覧いただけます。
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yess建築なら北海道から沖縄県まで日本全国に1,300社を超える販売施工代理店(ビルダー加盟店)ネットワークがあります。
地域に根差したyess建築ビルダーと共にシステム建築による建設をサポート致します。
ご計画地の近くにも「yess建築」が?全国に1万棟以上の建設実績があるyess建築。建設実績の一部をグーグルマップのマーカーでご紹介。建物イメージや規模、建設ビルダーなどが確認できます。地図上のマーカーはほんの一例ですが建設ご検討の情報としてご利用ください。
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yess建築は、全国1,300社を超えるビルダーネットワークを通じてご提供しているだけでなく、各ビルダー様が独自に展開するプライベートブランド(PB)商品の「ベース技術」としても数多く活用されています。
玉葱貯蔵倉庫
富良野地方卸売市場 玉ねぎ貯蔵施設
富良野地方卸売市場 株式会社 代表取締役社長 井山 修 様
冬は氷点下30°C、夏は30°Cを超える日もある北海道富良野市。過酷な気候ながら、昼夜の大きな寒暖差によって、富良野メロンをはじめ糖度の高い作物が育つ地域として知られています。
この富良野で、創業以来100年にわたり“地域の食の拠点”として新鮮な青果や水産物を安定供給してきたのが、富良野地方卸売市場株式会社です。近年は経営改革に取り組み、増収増益を続けています。
加工食品の製造販売、食堂運営、旅行代理店事業などにも事業領域を広げ、地方市場の枠を超えた存在となっています。
その挑戦の歩みについて、井山修社長にお話を伺いました。
井山社長が参与として入社したのは10年前です。当時の売上高は33億円(2014年3月期)で、赤字ではなかったものの「このままでは市場機能として生き残れない」という危機感を抱いていたといいます。
そこで民営化へ舵を切り、産地市場としての強みを生かす新規事業に転換しました。まず労働環境を改善し、夏季限定の「人参」に加えて、通年供給が可能な「玉ねぎ」を主力に据え、事業の柱を2本化しました。
そして経営転換の要となったのがインフラ整備です。剥きタマネギ工場、貯蔵施設、選果ラインなどに総額27億円以上を投じ、体制を一新しました。その結果、取扱量を大幅に増やすことに成功しています。
「挑戦を続けるには、インフラにもスピードが必要でした。だからこそ、低コストで短工期の“yess建築”を選びました。」と井山社長は語ります。
取材当日も、道内の産地から集荷された約2万トンの玉ねぎが建物内外に積み上がっていました。貯蔵・選別・出荷を行う上で、倉庫はまさに“心臓部”です。
特に玉ねぎは一時保管と選果が重要であり、作業効率と温度管理を両立した倉庫づくりによって、収穫から出荷までの流れが大幅にスムーズになったといいます。
これまでの設備投資の効果はどれも即効性があり、成果として順調に表れています。「断熱効果や結露・つらら対策など、北海道仕様の強化も引き続きお願いしたいですね。」と、今後への期待も話してくださいました。
こうした改革の結果、2024年度の売上は90億円を達成し、10年間で約3倍へと成長しました。中長期計画で掲げた100億円にも今期中に到達しそうな勢いです。
しかし、井山社長は「大切なのは売上ではありません」と強調します。「どんな人材を確保し、その力を発揮できる環境を整えられるか。バランスの良い企業として、地域へしっかり貢献していきたいです。」
同社は、北海道内でも数少ない魚菜市場として100年の歴史を積み重ねてきました。今後は“地域社会共生企業”として、旅行事業や米事業など、地域に根ざした新たな取り組みを広げていく考えです。
利益だけを追うのではなく、地域とともに新しい挑戦を重ねながら、次の100年を形づくっていくことでしょう。
金属加工工場
株式会社セキエイ 工場兼事務所
株式会社セキエイ 代表取締役会長 阿部 雄二 様
岩手県最南端に位置する一関市。東日本大震災では、震度6弱が町を襲いました。家業を引き継ぎ、ご自身の代で「株式会社セキエイ」を創業された阿部様。
社内の人的被害は免れたものの、お父様の代から使用していた作業場は、地震の衝撃で柱がずれ、次に大震災が起きれば建物被害の恐れがありました。
かねてより建物新設を考えていたところ、今年5月、「yess建築」を使用した工場兼事務所となる大きな建物が完成しました。当時、社長として建築プロジェクトを指揮した阿部雄二会長にお話を伺いました。
「yess建築」を選んだ理由は、会社に届いたダイレクトメールがきっかけでした。最初は地元の建築会社に相談し、見積をもらうなどしていましたが、大プロジェクトの為、それなりにコストもかかる……どうしたものかと思っていた所、ダイレクトメールが届き、システム建築の存在を思い出したということでした。付き合いのある地元の板金屋さんに相談し、仙台の内池建設さんを紹介してもらいました。コスト面に加え、無柱で大空間を作れる点が非常に魅力的で、契約が決定しました。
完成した感想は、「(外も中も)想像より大きい」とのこと。大きな外観は国道からの視認性も高く、ブランド認知に繋がりました。
また、溶接をする際に煙が充満するので、ある程度工場内の高さを確保することは必須条件でしたが、1階の休憩所スペースの2階部分を事務所にすることで、作業スペースを広く確保でき、工場内の大空間が実現しました。
工場建設プロジェクトは今回で4棟目という阿部会長ですが、「今までで一番良かった!」と振り返ってくださいました。 建築の段階で、現場監督が「本当にこれは必要か」と常に問いかけてくれたそうです。時にはコスト削減の提案までしてくれたのには驚いたそうです。結果、追加工事がありつつも総額抑制に貢献しました。 また、作業の際に生コンクリートで汚れてしまった道路や、鉄板の錆などを綺麗にブラシで掃除してくれている姿を見ていたく感動されたということで、「内池建設にお願いして本当に良かった。実はもう1棟、建設計画があるんですが、金額次第で是非また声をかけさせてもらたいです」とお話くださいました。
34歳まで自動車用のハーネス部品を製造する会社に勤めるサラリーマンだった阿部会長。お父様の「セキ商工」を引き継いだ創業時は、従業員5名でのスタートでした。当時はバブル経済が崩壊して間もない時期。小型プレス1台から始まり、アルミ押出形材切断、プレス・板金・機械加工の組み合わせで事業を拡大してきました。 先輩経営者から学んだ「利他的経営」で従業員を重視し、労働環境も整備してきました。時流を読むのは時には大変だけれど、リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍と様々な難局を乗り越えてきたセキエイ様は、今後どんな局面でも強さを発揮してくれるに違いありません。
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